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COBOL技術者の憂鬱

COBOLプログラマは不在にしています

昼飯とホームレス

今日のお昼、いつものようにコンビニへ昼飯を買いに行こうとしたのですが、普段一緒に出かける同僚が休んでいたので、仕方なく一人で行くことにしました。
コンビニへ向かって歩いている内に、どうせなら普段とは違うランチタイムを過ごしてみようと思い、路上のお弁当屋さんを物色してみることにしたのです。
以前にもちょこっと書いたことがあるのですが、このあたり(淀屋橋)の路上では昼飯時になると、弁当類の不法販売の屋台がどこからともなく次々と設営され、とても日本とは思えないような状態になります。
そんな中で、私は信頼のブランド「伊達屋」を選びました。ノーブランドのデンジャラスなテイスト溢れるお店が多い中で、ここだけは独自ブランドを展開している路上販売店です。お店の敷地も一応許可を取ってやっているようで、いくらか安心感はありますね。豪勢なメニューに加え、暖かい御飯にお茶とふりかけが付いて五百円はお買い得感高いですねー。普段コンビニなんか行ってるのが馬鹿馬鹿しく思えてくるほどです。
そこでお弁当を買った後で、職場に戻ってから食べようかと思ったのですが、天気もよかったので中之島の公園で食べることにしました。
川のほとりの花壇に腰掛けて、行く川の流れを眺めながら、ミニ宴の始まりです。
いやぁ、外でゴハン食べると開放感も手伝っておいしいなぁーと思いながら、ふと辺りを見渡すと、路上やベンチなどで寝ている方達が結構目につくんですね。すっかり忘れていたのですが、このあたり、ホームレスの人が多いんです。
そんな状況下で、ボリューム満点のお弁当をムシャムシャ食べていることに、なんとなく罪悪感を感じ始めた私は、だんだんとお弁当を胃の中に詰め込んでいるだけの自分に気がつき始めました。
別に後ろめたいことをしている訳でもなんでもないのに、なんなんだろうこの感覚は・・と、しばらく考えてみました。
こんなふうに腹一杯になるまで御飯を食べられるのも、毎日頑張って仕事してるからなんだなぁとか、あんな風に昼間からゴロゴロしてられるなんて、ネコみたいでいいかもなぁ・・とか、とりとめもなく考えている内に、どこからともなく心の中から、俺は何故サラリーマンやってるんだろう?と自問する声が聞こえてきました。
まぁ、そんなことは誰でもたまに考えたりすることがあるでしょうが、それに対する回答が目の前にあることに気づき、愕然としました。
私が働いている理由は、ホームレスになりたくないからなのです。むしゃむしゃとゴハンを頬張りながら、単純ですが一番の真理に気づいてしまったのです。
幼い頃から私は、ああいう人達にならないように両親から厳しい教育をうけさせられてきました。なぜ勉強するのかという私の問いに対する答えはいつも、ホームレスなどの社会的弱者の立場に立たされることがないようにする為というわかりやすいものでした。
そういう教育のやり方のおかしさ加減が、今では充分に理解できる年齢になっているのですが、それでも、いまだにそういう考え方から抜け出せない自分のことがとても悲しく、そんなことを考えながら食べた伊達屋のお弁当は本当に不味くて、とても食べられたものではありませんでした。


ネットカフェという現代ニホン - 記憶のメモ帖