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COBOL技術者の憂鬱

COBOLプログラマは不在にしています

この十年

私の好きな「SING LIKE TALKING」というバンドの曲に「TOGETHERNESS」というやつがあるのですが、ジャズ風ののんびりした雰囲気のイントロから始まり、そこからいきなりファンクチューンに切り替わって、終盤では両者がいい具合に混ざり合うといったとても面白い曲でした。
なんでこんなけったいな曲を彼らが作ったのか当時は不思議に思っていたのですが、あれはきっと、古い音と新しい音は、根底の部分では実はつながってるんだよっていうことを言いたかったんだと今になって思うことがあります。
おそらく長い間、音楽の世界に深く浸っていると、ふとした拍子にそういった真理的な事柄に気づくことがあったりしたんではないでしょうか。


この春で私は、汎用機系の開発者としてやってきてちょうど十年になります。
最近ちょこっとWebアプリを作るようになってみて感じたことは、その両者は、やっぱりどこかでつながっているんだなということです。
Webアプリは基本的にユーザーからのリクエストに対して即時でレスポンスを返すという作りになっていますが、時間のかかりそうな処理についてはシステムリソースが空いている時間帯にバッチ環境で処理しておくなど、昔ながらの処理形態を取る余地も残されているんですね。また、バッチ処理についても、処理対象の入力ファイルのソート順をちょこっと見直すだけで処理全体のパフォーマンスが劇的に向上したりすることがあって、そういうところでも、ホスト環境での開発で身についた感覚を活かすことができているように思います。


十年前、今の職場に配属された当時は、いまどき汎用機開発なんてイヤでイヤで仕方なかったんですが、それでも曲がりなりにも努力してきてよかったんではないかと思っています。
どんな言語やプラットホームを利用するにしても、システムを構築する上で必要になってくる考え方などは、きちんと自分の中に息づいているようなので、十年間やってきたことは決して無駄ではなかったんだというふうに評価できるようになってきました。