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COBOL技術者の憂鬱

COBOLプログラマは不在にしています

プログラミング環境の変遷

エンジニアと「ベーマガ」について | IDEA*IDEA


ノスタルジーに浸りながら読ませていただいたのですが、特に私は次の部分に興味を惹かれました。

  • ゲームが好き。
  • ベーマガ愛読者。
  • 高校とか大学とかで一回パソコンから離れる時期がある。


これ、3つともモロに自分に当てはまっていたのが面白かったです。


私の場合も、まず初めにゲームありきでしたね。
小学生の頃にスペースインベーダーアーケードゲームにはまり、家庭ではゲームウォッチなどのLSDゲームにのめりこんでいました。
普通の少年だったら、そこからファミコンの世界へ入っていくのでしょうが、クラスに2%くらいは存在している「ちょっと変わった男子」だった私は、同じようにマイノリティだった友人達とよくマイコンについての話をしていましたね。
ゲームで遊ぶのを通り越して、それを作る方向に目線が向いてしまっていたんでしょう。


そんな私たちにとって、当時のベーマガは重要な情報源だったので、もちろん毎月愛読していました。苦労して親を説得し、マイコンを買ってもらうことに成功し、紙面に掲載されたプログラムを次々と打ち込んでは動かしてみる毎日でした。
そういったことを繰り返す日々は、とても楽しくて充実していたのですが、同時に「この世界には、未来はないよなー」といったことを子供ながら心の片隅で感じていたことをよく憶えています。


雑誌という、遅延の発生する、ほぼ一方通行のメディアの特性にも失望していましたし、当時の互換性のないPC環境や、バージョンアップの速さにも同様に失望していました。
そういった残念な状況のせいで、私と同じように、なんとなくこの世界から離れていった人も、やはり多かったのではないかなと今になって考えさせられますね。


その後しばらくして、海外からWindowsマシン(DOS/Vマシン)とインターネットが到来して、この残念な状況を一気に解決してくれたのです。
Windowsという完成度の高いOSが登場したことで、ハードの違いをOSでうまく吸収することができるようになり、互換性問題に終止符が打たれることになりました。
DOS/Vマシンという考え方からは、自作PCという選択肢が生まれることになり、ハードウェアのバージョンアップも手軽に行えるようになりました。
さらに同時期に、インターネットという即時性/双方向性を持ったメディアが普及を始めました。


大学を卒業する頃になって、少年時代に絶望していた状況がきれいに改善されていることに気づいた私は、驚きと興奮を感じつつ、再びこの世界に戻ってきたのです。
今は趣味でWebアプリを作ったりしている毎日ですが、こんなことが気軽にできる世の中に到達するまでの経緯を振り返ると、改めて気づかされることや考えさせられることが多いですね。