COBOL技術者の憂鬱

COBOLプログラマは不在にしています

入浴介助でのこと

前回のエントリでは、施設実習からちょっと話を広げすぎてしまった感があるので、もう少し身近なところでの体験談を書いておこうと思います。
私が実習で伺った老人ホームでは、決められた時間帯に、利用者の方全員にお風呂に入っていただくことになっているのですが、その際にお手伝いさせていただいた時の出来事です。




施設の一日のタイムスケジュールの中で、入浴時間が近づいてくると、浴場に利用者の方が続々と運ばれてきます。
彼らに順番に脱衣⇒入浴⇒着衣していただくことになるのですが、まぁ、これって言い方が悪いかもしれないのですが、いわゆるベルトコンベアー方式でやっていくわけですね。
女性の方も結構いて、当然全裸になっていただく為、最初は私の方も少し抵抗がありました。はじめの内は目を逸らしたりしていたのですが、慌ただしく入浴作業が進んでいく為、だんだんと気にならなくなってきました。
それこそ本当に失礼な言い方ですが、利用者の方たちが、まるで工業製品などのモノのように感じられてくるのです。


そんな感じで入浴介助の実習をしていたわけですが、実習指導していただいたヘルパーさん達の中に、ちょっとイヤな感じの女性がいたのです。
実習生である私に対して、直接面と向かって文句は言わないのですが、かわりに後ろを向いて私の悪口をぼそっと呟いたりするのです。
おそらく私の耳には聴こえていないと思っているのでしょうが、ちゃんと聴こえていて、しかもこれが結構堪えるのです。
他にも、その場にいた他のヘルパーさんと、私に気づかれないように私の悪口を言っていることもありました。
しかしながら全部ちゃんと聴こえているのです。ファキンジャップくらいわかるよばかやろう…。


私は心の中で腹を立てながらも、ちょっと恐ろしいことを想像してしまいました。
このヘルパーさんは、きっと利用者さんに対しても、普段からこんな感じで後ろを向いて嫌味を呟いたりしているのではないかと。
利用者さんは高齢の方ばかりなので、耳が遠かったり、言葉が理解できない方が多いので、何を言ってもわからないだろうというスタンスで話す癖がおそらく身についてしまっているのでしょう。その態度が、今私の前でも現れてしまっているのではないかと思ったのです。
けれども、たとえ耳には届いていなくても、間違いなく心のどこかでは聴こえてしまうものなのです。
私は実習生なので、実習期間が終わればこの施設に来ることはもう二度とないでしょう。けれども、利用者さんの中には、ここから脱出することが困難な方が大部分を占めているはずです。それを考えると、やりきれない気持ちでいっぱいになりました。


そんなことを考えながら入浴介助を続けていると、件のヘルパーさんはだんだんと大胆になってきて、面と向かって私に文句を言ってくるようになりました。
利用者さんの髪を乾かす際に、私が、ドライヤーのスイッチがわからずにちょっともたついていたら、間髪入れずに「もういいです!」と怒鳴るなり、私の手からドライヤーをひったくって、自分でやり始めたのです。
私は、なぜそこで「ボタンここですよー。」という声かけができないのか理解に苦しみました。
どのような組織であっても、質の低い人間が一定数混じっているのは仕方のないことだと思うのです。ですが、もうちょっと冷静になって考えてみると、実は問題はそこにあるのではないと考えるようになりました。
このヘルパーさんに限らず、職員全員の行動、さらには浴場全体の雰囲気が、何かに追いつめられて焦っているような印象を受けてしまうのです。その「余裕のなさ」が、彼らの言動につながっているのではないかと思いました。
そして更に思うことは、そもそも「入浴」とは、利用者さんの体を清潔にすることだけを目的としているわけではなく、利用者さんがリラックスできる場を提供することも目的に含まれているはずです。
ところが、裏方であるヘルパーさん達がそんなに余裕のない状態であたふたしていたら、肝心の利用者さんにも影響が出てしまい、非常に慌ただしい精神状態での入浴時間になってしまうのではないでしょうか。
これはそもそものところが、なんだかおかしいぞと私は思いました。
実習期間中は、一日の終わりに実習日誌を書いて提出することになっているのですが、その日の日誌には、ちょっとその点についていかがなものかと疑問を提示する内容の文章を書きました。事務室へ提出しに行くと、施設長の方がいらっしゃったので、彼に提出してその日は帰宅しました。




その明くる日の実習も、私は入浴介助を担当する時間があったのですが、その時に、施設長の方が浴場にやってこられました。
施設長さんが入ってきた瞬間に、ちょっと浴場全体の空気が微妙に変化したので、私はこれは何かあるぞと思い、さりげなく彼の動きを観察していました。
すると施設長さんは、あちらこちらと浴場内を動き回りながら、利用者さんの様子やヘルパーさんの動きをしばらく観察されているようにみえました。
そして、「やっぱりこれではちょっとなぁ…」と呟くと、入浴のスケジュールにもっと余裕をもたせるように周囲の職員に指示を出されたのです。
これは明らかに、私の日誌を読んだ上で行動してくださったのだとその時思い、ちょっと感激してしまいました。


この施設長さんは、その後も入浴時間が終了するまで、自らの手を動かして積極的に入浴介助を手伝っていました。
おそらくこの施設で最も高いポジションにいる人が、まるで新人と同じことをやっている姿に、周囲の職員は当然ドン引きです。
浴場のモップがけまでやったりしていて、正直私にはその行為の意味が初めはわかりませんでした。
けれども施設長さんが、自ら介護用具の操作をしながら、「あぁ、こうやって自分でやってみたら、なんでこの機械の故障報告がしょっちゅう上がってくるのかわかったわー。」みたいな感じのことをおっしゃっていたので、おそらく自分の手を動かしながら、報告書からは見つけられないような問題を見つけようとしているんだなということにようやく気づきました。
このくらいの立場の人が、配下の人間に指示をだすことなく、自ら手を動かして解決にあたろうとしている姿勢に、なんというか、ハッカー的ななにかを感じた瞬間でしたね。