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COBOL技術者の憂鬱

COBOLプログラマは不在にしています

私が学校で学んだこと


去年の暮れから今年の初めにかけて、介護の資格を取るために専門学校に通っていたことは既に書きましたが、その後のことについてちょっとだけ書いておこうと思います。



私が通っていた学校では、主担当の先生が3人いらっしゃったのですが、3人とも70歳代中盤という年齢で、これまで介護の現場にどっぷりつかりながら生きてきた方々でした。
その学校での授業の最終日に、生徒である我々が今後の進路について一人ずつ話していく機会があったのですが、その時は、私も含めたほとんどの人が「こんな仕事やりたくない」と言っていて、先生方がひどく落胆されていたことをよく憶えています。
直前に我々は、実習というかたちで実際に一週間ほど現場に出ていたこともあり、凄まじい介護現場の有様を目の当たりにして、かなりショックを受けていたことが影響していたのでしょう。
けれどもやはり教える立場からすると、三ヶ月という授業期間を全て否定されたような気分になってしまいますよね。



思えば、70歳代中盤というと、まぁ極端な言い方をしてしまえば、いつ自分がこの世からいなくなってもおかしくないという事実と向かい合わなければならない年齢だと言えるでしょう。
これは私の想像でしかないのですが、きっとそのあたりの年齢の人たちって、自分がこの世界に何を残すことができたんだろうかということを非常にシビアに自己評価しているのではないかと思うのです。
そこで、件の先生方が、この世界に何を残すことができるのかというと、やはりそれは介護の技術であり、考え方であったりするわけです。もうそれ以外にありえない。
となると、授業修了後の我々が、どのくらい多く介護関係の職に就いているかということは、非常に重要なポイントとなってくるわけです。
で、授業修了から三ヶ月ほど経過した後で、我々の就職状況について情報を集めてみたのですが、意外にも全体の7割〜8割くらいが介護職に就いていることが明らかになりました。例年だと半分もいけばいい方だと聞いていたので、これはかなりいい数字だと思われるのです。



私もいよいよ40代目前になってしまっているわけですが、それでも自分の倍の年齢を生きている人がこの世界にはいて、自分の生きた証を世界に刻もうとしていて、実際にその成果が形となってあらわれている様子を目の当たりにして、生きるってそういうことなのかとか、死ぬってそういう意味があるのかとか、世界ってそうやってまわっているのかとか、そういう色々なことが一気につながってしまって、それら全てが、私が学校で学んだことだったのだなと今になってやっとわかりました。