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COBOL技術者の憂鬱

COBOLプログラマは不在にしています

物語の創作

幼い頃から本を読むことが好きだった私は、いつの頃からか自分でも物語を書いてみたいと思うようになっていた。

誰もがひきこまれるような面白いストーリー、魅力的なキャラクター、あっと驚くようなどんでん返しを含んだ結末。面白い小説に含まれる全ての要素を兼ね備えた、完璧な物語を書き上げること。それはいつだって私の「死ぬまでにやりたいことリスト」の一番先頭に並んでいる最重要項目であり続けた。
けれども40歳を過ぎた今になっても、実際に小説を書き上げたことはたったの一度もない。

 


今までにもホームページやブログ上で、文章を書いて公開するといったことは日常的に行ってきた。雑誌で連載を持った経験もある。
つまり、文章を書くこと自体は、さほど苦労せずに行うことができるのだ。
問題は、創作だ。何もないところから物語をひりだしてきて、それを形にするという作業が、私にはできないのである。
自分が過去に経験した出来事や感想などは、何の抵抗もなく楽に文章にしてしまえるのに、創作となると途端に何もでてこなくなる。

 


普段から、面白い小説や漫画や映画などに触れる度に、これは一体どういったプロセスを経て出来上がったものなのかと、考えさせられてしまう。
そして、このお話を作った制作者は、さぞかしドラマティックな人生を歩んできた人なのだろうなと想像する。過去に様々な冒険というか、物語のネタになりそうな数々の経験をしてきているからこそ、こういった面白いお話が作れるのだと勝手に納得する。
となると、今の私には人生経験がまだ足りなくて、そういった物語を生み出す土壌が育っていないということなのだろうか。けれども年齢的に考えてもさすがにそんなことはないと思うのだが…
確かにこれまでの人生はとても単調なものだったことは否めない。会社や学校と家庭の往復がそのほとんどを占めていた。永遠に続くかと思われるような何のアップデートもない生活。その繰り返しに埋没していたことが、私の創作能力に影響しているのだろうか。

 


もっとなにか、創作するための技術的ななにかが存在していてもよいような気がする。
恋愛工学みたいな感じで、創作工学と呼ぶべきもの。
今までの私は創作するために間違ったアプローチばかりしていたので、うまくいかなかった。これからはこの技術を駆使することで、いままで誰も考えつかなかったような魅力的な物語を創りだすことができるんだよと、目から鱗が落ちるように納得させてほしい。
多少インチキくさいものであっても構わないので、なにかそういうものがあるとすれば、ぜひ身につけたいものである。