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COBOL技術者の憂鬱

COBOLプログラマは不在にしています

私と猫の秘密の時間

自分語り

いつごろからだろうか、晩ごはんを食べ終えると歯を磨かずにすぐに布団に入ってしまうようになった。そしてそのまま眠りについてしまう。

2〜3時間ほどすると、歯を磨いていないせいで口の中に不快を感じて目が覚めてしまう。
目が覚めた私は立ち上がり、そのまま洗面所まで行って歯ブラシに歯磨き粉を落とし、歯を磨き始める。続けて歯間ブラシを通し、フロスをかけ、最後にリステリンで口をゆすいで一連の作業を仕上げる。
これらの作業にいつも10分くらいはかけているだろうか、その間、睡眠は完全に中断されている。歯を磨くという行為には、目を覚まさせる効果があると言われているが、私はここでいったん完全に目覚めてしまう。
これでは睡眠効率が悪くなってしまう。それがわかっているにもかかわらず、なぜだか毎日この状態から脱することができずにいる。

 


ところがこの悪しき習慣にも、良い点がひとつある。
歯磨きにかかる一連の作業を終えて、ふと後ろを振り返ると、飼っている猫がいつのまにかちょこんと佇んでいて、私に目を向けているのである。
私は猫の傍らまで近づいていって、やさしく背中を撫で始める。猫が喉をならす。彼は自分の舌を使って手足や尻尾の毛づくろいを始める。私は背中を撫で続ける。猫が喉をならす音には、私の精神を落ち着かせる作用があるようだ。

 

私はこの時間が好きだと思う。

 

世の中が寝静まった時間帯に、ひっそりと流れる私と猫だけの時間。
このままの時間が永遠に続けばよいのにと思っているところに、猫が背を向けてどこかへ歩き去ってしまう。
私は布団にもどり、睡眠の続きをむさぼる。

 


そして朝が来て、目覚ましのアラームが鳴り、私は眠い目をこすりながら起き上がる。あまりよく寝た感じがしない。それでも妙な満足感があるのは、私と猫のあの秘密の時間があるからなのだと思う。
こんなふうに、ちょっとした落ち着ける時間帯が一日の中のどこかに存在していることが、日常生活にとっては重要なのだということに、最近気づいた。
そしてそういう時間帯のバリエーションを少しづつ増やしていくことが、人生を豊かにすることにもつながっていくのだ。大げさかもしれないが、そんなふうに最近考えている。

物語の創作

自分語り

幼い頃から本を読むことが好きだった私は、いつの頃からか自分でも物語を書いてみたいと思うようになっていた。

誰もがひきこまれるような面白いストーリー、魅力的なキャラクター、あっと驚くようなどんでん返しを含んだ結末。面白い小説に含まれる全ての要素を兼ね備えた、完璧な物語を書き上げること。それはいつだって私の「死ぬまでにやりたいことリスト」の一番先頭に並んでいる最重要項目であり続けた。
けれども40歳を過ぎた今になっても、実際に小説を書き上げたことはたったの一度もない。

 


今までにもホームページやブログ上で、文章を書いて公開するといったことは日常的に行ってきた。雑誌で連載を持った経験もある。
つまり、文章を書くこと自体は、さほど苦労せずに行うことができるのだ。
問題は、創作だ。何もないところから物語をひりだしてきて、それを形にするという作業が、私にはできないのである。
自分が過去に経験した出来事や感想などは、何の抵抗もなく楽に文章にしてしまえるのに、創作となると途端に何もでてこなくなる。

 


普段から、面白い小説や漫画や映画などに触れる度に、これは一体どういったプロセスを経て出来上がったものなのかと、考えさせられてしまう。
そして、このお話を作った制作者は、さぞかしドラマティックな人生を歩んできた人なのだろうなと想像する。過去に様々な冒険というか、物語のネタになりそうな数々の経験をしてきているからこそ、こういった面白いお話が作れるのだと勝手に納得する。
となると、今の私には人生経験がまだ足りなくて、そういった物語を生み出す土壌が育っていないということなのだろうか。けれども年齢的に考えてもさすがにそんなことはないと思うのだが…
確かにこれまでの人生はとても単調なものだったことは否めない。会社や学校と家庭の往復がそのほとんどを占めていた。永遠に続くかと思われるような何のアップデートもない生活。その繰り返しに埋没していたことが、私の創作能力に影響しているのだろうか。

 


もっとなにか、創作するための技術的ななにかが存在していてもよいような気がする。
恋愛工学みたいな感じで、創作工学と呼ぶべきもの。
今までの私は創作するために間違ったアプローチばかりしていたので、うまくいかなかった。これからはこの技術を駆使することで、いままで誰も考えつかなかったような魅力的な物語を創りだすことができるんだよと、目から鱗が落ちるように納得させてほしい。
多少インチキくさいものであっても構わないので、なにかそういうものがあるとすれば、ぜひ身につけたいものである。

早すぎたインターネット

自分語り

大昔に自分が作っていたホームページついて、このあいだから色々と書いていたら、あの当時のことをだんだんと思い出してきて懐かしくなってきた。

 

当時は、グーグルなどまだなかったので、自分の興味のあるサイトを探す手段が非常に限られていたように思う。
その頃に、書店で見つけた「裏インターネットの本」というムック本を入手してきて、夢中になって読みふけっていたのを憶えている。いや、読みふけっていたというより、その本に紹介されているサイトのURLを片っ端からブラウザに叩き込んでは、表示されたサイトを読みふけっていたのだ。
面白そうなホームページを見つけると、そこにあるリンク集に、傾向の似たホームページがたくさん紹介されているものだから、そこからまた別のページに移動して、そこのリンク集からまたその先へ、とそんなことを何度も繰り返しながら色々なサイトを次々と見つけていった。今のグーグルが機械的にやっていることを、手動でやっていたわけだ。
当時のヘビーなインターネットユーザーなら誰もが加入していたテレホーダイというサービスを私も使っていたので、夜の11時になるとネットにつないで、あちこち巡回していたらあっという間に明け方になっているというようなことがよくあった。
よく、覚せい剤などのドラッグを使っていると、時間の感覚が吹っ飛んで一瞬で何時間も経過してしまったような気分になれるというが、私にとって当時のインターネットはまさにそんな感じだった。危険だった。怪しかった。でも逃れられなかった。

 

そんな風にして発見したサイトの中では、「ハイパーノイヅ」というホームページが、お笑い系としては秀逸で特に面白かった。
侍魂」などのテキストサイトが話題になる何年も前に、ああいう文字の色やサイズや間隔を工夫して、テキストだけで笑いをとっていくというスタンスを確立させていたサイトが、もうすでに存在していたのである。
「インターネット史上初のHTMLドッキリ企画」と称して、エヴァンゲリオンのマニアを装ったニセサイトを別に作って、そこでの様子を詳細に観察するなど、今でいう高度な「釣り」をやってみたりと、時代の最先端をいっていたように思う。
dAisukeという名前の無職の若者がやっていたのだが、本人はただ面白そうなことを思いつきとノリで適当にやっていただけなのだろう。けれども、今にして振り返ってみると、その後のインターネットに多大なる影響を与える可能性があったんだけれども、あまりにも早すぎてうまく影響が伝わることがなかったのが残念な気がする。

 

他には、「全世界征服おまぬけ電波系計画」という、歯科医の方が運営していたホームページが印象に残っている。
色々と怪しげで楽しいコンテンツが揃っていたような気がするけど、残念ながら中身はあまり覚えていない。
では、なぜ印象に残っているかというと、ここの掲示板の雰囲気がとてもよくて、常連さん達の書き込みを毎日眺めていたからだ。
ある時、掲示板に私のホームページのURLが貼られて紹介されているのを目にした時は思わず笑ってしまった。インターネットって広い世界なのに、ニッチな趣味嗜好で村の寄り合いみたいな世界を構築していくと、必然的に似た者同士でひかれあうものなんだなと思った。
普段、他人の掲示板に書き込みなど滅多にしない自分も、それからその掲示板にだけは気軽に書き込んだりするようになっていった。

 

あと、これは個人ホームページではないのだが、「この指とまれ」というサービスがあった。
インターネット上で学生時代の同窓生をみつけましょうというコンセプトのサイトで、使い方は自分の卒業した学校と卒業年度、実名とメールアドレス、あとは、一言自己紹介みたいなものを登録しておくと、それらがネット上に公開され、それを見た同窓生から連絡がくるかもしれないというものだった。
今にして思えばネット上にそんなものを公開状態で置いておくなんて正気の沙汰ではないのだが、そこはおおらかな時代だったのだと思う。今では考えられないことを平気でやっていた。
私も登録してみたら、一度だけ高校時代の友達からメールが来たことがあったが、あまり関わりあいになりたくない相手だったので、無視した。人生初の既読無視である。こんな風に手軽に昔の友達がみつかったり、その事実を華麗にスルーできたりと、ネットってやっぱり便利だなと思わせられる出来事だった。
今ググッてみたのだが、このサービスは今も存在していて、しかもセキュリティを強化した会員制サイトになっていた。そういえば一時期、暴力団フロント企業が運営しているとか黒い噂が流れたこともあったような気がするのだが、いったいどうなっているんだろうか…

 

他にも、サービス系では「あやしいわーるど」という掲示板が懐かしい。
「しば」という人物が運営していた、アングラ的な話題を扱う掲示板だったのだが、とにかく怪しげな話題はここに目を通しておけばオッケーといった感じだった。当時の私は、実際に書き込んだりするのはちょっと敷居が高いような気がしたので、ひたすら眺めていただけだった。
度々荒らされてその度に移転を繰り返していたような気もするけど、最後に「マグマニア」という別のコンセプトの掲示板を始めて、それもすぐに閉鎖して、その後の足取りはわからない。
あやしいわーるど」の流れをくむ派生掲示板が多数できていたようだが、今はもう残っているものは一つもない。

 

あれから20年近い月日が流れ、個人ホームページの代わりにブログを見るようになり、昔の友だちとはfacebookでつながり、怪しげな情報は2ちゃんねるから取得するようになった。けれども20年前と今とで、やっていることは基本的には変わっていないような気がする。
これからどんどん時代がながれて、新たなコンテンツやサービスが登場してきても、20年前のあのサイト郡の雰囲気はいつまでも忘れることなく私の記憶に残り続けていると思う。

私にとって、インターネットに触れる時に感じるワクワク感の原体験であるからだ。

私にとってのインターネット

自分語り

その昔、もう二十年ほど前に、黎明期のインターネットでホームページをやっていたことは以前に書いた。

 

最初は、単純に「面白いサイト」が作りたいという気持ちでやっていたのが、だんだんと悪ノリしていく内にあらゆる方面からお叱りを受けるようなサイトになってしまっていた。
死体の写真が突然出てきてビックリ!以外にも、人生相談や星占いのコーナーを装って、ひたすら読者のメンタルが打ちのめされるようなコンテンツを日々作り続けていたのだ。
自分でも気が付かないうちにだんだんと目的がずれてきて、ある時、これはもしかして「見た人が嫌な気分になるようなサイト」を目指しているのではないかと思うようになってしまった。
なんでそんなことになってしまったのかというと、結構説明が長くなってしまう。

 

あの頃の自分は、ちょうど社会に出たばかりの頃で、「働く」ということに対して上手な意味付けができていなかった頃だった。
それまで学生として、勉強とかスポーツとかそれなりに頑張ってきて、結局たどりついた場所がここなの?は?ふざけんなよ、みたいな感じ。
「こんなことする為に今までタラタラ学生やってきたわけじゃないよー。」と大声で叫びたいけど、叫ぶ方向がわからなくて途方に暮れていた。そんな状態。
なんというか、猛烈に騙されたような感覚。別に誰かに騙されたわけではないんだけれども、世の中とか、大人とか、そういったものに自分は今までうまく騙されてたんだなあっていう感じ。

 

そして、そんな世の中に対して、何か反撃してやりたいという気持ちがとても強くなってきて、そのための手段を、当時の私は痛切に欲していた。
そんなところにポンと目の前に転がってきたのがインターネットだった。
自分を騙した世界に反撃するための手段として、インターネットを通じて自己表現することを私は選んだのだ。
つまり、見た人が心底イヤーな気分になるようなメディアを作って、世界中のどこからでもアクセスできる状態にしておく。それを可能にしてくれるのが、インターネットだった。

 

私にとってのインターネット。それは、世界に対する反撃から始まった。

 

今にして思うのは、この頃にインターネットが本格的に普及を始めていて本当によかったと思う。もしタイミングがずれていて、ネットがない時代だったら、なにか猟奇的な犯罪に手を染めることになっていたかもしれない。
少年Aのホームページを眺めながら、そんなことを思い、勢いに任せてこんな文章を書いてしまった。表現の自由?あれね、うまいよ、結構イケる。

インターネットと死体と酒鬼薔薇

自分語り
インターネットが一般家庭で自由に使われだした頃、私も自宅の電話回線を使ってネット接続をしてみることにした。
ネットに繋いでみたものの、最初のうちは何をやっていいのかわからなかったので、ヤフーのトップページから検索して辿り着いた個人ホームページなどを見て満足していた。
やがてそれがだんだん物足りなくなってきて、いわゆるアングラ的なものを好んでよく見るようになっていった。
主に海外サイトが多かったが、爆弾の作り方が説明されたサイトや、死体写真が掲載されているサイトなんかを中心に、よく巡回していた記憶がある。
 
 
やがて、自分でも何かホームページ的なものを作って公開してみたくなってきて、見よう見まねでHTMLをいじりながら作ってみた。
当時は、自分の日常を日記という形式で公開する人が多かったかな。今でいうブログやSNSと同じ感覚だろう。
私の場合は、ただ単に自分の日記を公開するだけでは面白くないなーと思ったので、創作日記を書いてみることにした。そして、それと海外サイトから拾ってきた死体写真を組み合わせたものを、「変態日記」と題して公開することにした。
具体的にどういう日記かというと、「きょう、みちばたをさんぽしていると、おじさんがたおれているのをもくげきしました。」という文の「おじさんがたおれている」の箇所にリンクを貼っておいて、そのリンク先に男性の死体写真を置いておくという、ちょっとドッキリ的な仕掛けを施しておいたのだ。「子供が書いた日記」という、のほほーんとした雰囲気と、死体写真のグロテスクさのギャップで笑いを取ろうとしていたように思う。
そういう感じの、いわゆる「ブラックなお笑い系のサイト」を目指していたわけだ。
これは、その手のブラックユーモアを理解できる層にかなりウケがよくて、「いつも楽しみにしてます!」とか、「頭おかしいですねあなた」とか、そういったファンレター的なものをメールでもらったりすることが増えてきてだんだん楽しくなってきた。
 
 
そんなことをやっていた時に、あの事件が起こった。
小学生の児童が殺害され、その死体の一部が学校の校門に置かれるという、常軌を逸した陰惨な事件に、世間は衝撃を受けた。
そして私はというと、この事件をネタにしたコンテンツを作成してホームページにアップしたのだ。
「きょう、がっこうで『なんきんだいぎゃくさつ』についてべんきょうしました。」「ぼくぐらいの年のこどもが、たくさんころされていました。」「とうじは首をきりおとすのがはやっていたようです。」という文章と共に、南京大虐殺の時の死体写真をネットから見つけてきて大量にアップしたのだ。
私としては、子供を殺してその首を切り落とすという、非常に残虐な行為が、戦争という時代背景を持つことで正当化されるという、歴史の矛盾を指摘したかったのだ。
今世間が大騒ぎしているようなことも、時代によってずいぶん受けとめられ方が異なってしまうというところを突いて、うまく笑いにつなげていけるのではないかという、私なりの計算があったのだ。
 
 
けれどもこれを公開した翌日に、早速プロバイダから苦情のメールがきた。曰く、「あなたのやっていることは公序良俗に反しており、社内外から批判が殺到しているので、このコンテンツは削除してほしい」と。「もし削除しない場合はホームページの利用自体を停止しますよ」と。
仕方がないのでそのコンテンツは削除した。なんか世の中って面白くないなーと感じながら。表現の自由?なにそれうまいの?
けれども、このことをきっかけにして、ネット上の知り合いが一気に増えた。そしてそこから、世間一般には理解されにくい私の「笑い」をわかってくれる仲間みたいなものの存在を感じて安堵したのを憶えている。
神戸の事件とからんで、新聞記者だと名のる人物から取材の申し込みが来たりと、インターネットの持っている影響力の片鱗を感じたりした。まぁこれは、本当かどうか怪しかったのでコンタクトは取らなかったけど。
 
 
あれから随分と経ったいま、神戸の事件の加害者が手記を出版するというヘンテコなことが起こって、それに対する世間からの批判もあったりしているのをぼんやりと眺めていて、なんとなく昔のことを思い出してしまい、こんな記事を書いてしまった。表現の自由?なにそれうまいの?